News
時間を超えて、時間に追われて
かつて、家族四人が暮らしていた長屋。近年はお母さまが一人で住み続けてきたその家を、今度は娘さん夫婦が受け継ぎ、新しい暮らしを始める。
間取りは、昔ながらの長屋によく見られる構成。玄関の脇に三畳あまりの台所があり、その奥に六畳の茶の間。さらに奥へ進むと、水まわりが続く。決して広くはない。それでも、そこには家族が過ごしてきた時間と、暮らしの記憶が刻まれている。

今回の計画では、玄関や階段、水まわりの位置を大きく変えない。限られた条件のなかで、いかに一階へ広がりを生み出すか。それが、計画の大きなテーマとなる。
かつてこの家にあった「だんらん」の風景を、現代の暮らしのなかに、もう一度取り戻す。同時に改善したいのが、室内の暗さと湿気だった。
そこで、キッチンを一階の中心に据えることにした。単に料理をするための設備ではなく、人が自然と集まり、会話が生まれる場所としてのキッチン。その周囲を回遊できる動線をつくり、限られた床面積のなかに、軽やかな流れを生み出す。

側面の長い壁には、カウンタータイプの収納を造作する。収納を一か所にまとめることで室内を整理し、視線の抜けを確保する計画。
建物そのものの広さを変えることはできない。それでも、余分な壁を取り払い、必要な機能を無駄なくまとめれば、実際の面積以上の開放感をつくることはできる。
一方、二階へ上がると、空間の印象は大きく変わる。


南からの光がよく入り、風もきれいに抜けていく。長屋特有の閉塞感とは無縁の、意外なほど心地よい空間。二階はできるだけ手を加えすぎず、その魅力を素直に生かすことにした。
天井裏を調査し、壁の位置と構造を確認したところ、間仕切り壁を撤去しても構造上問題がないことがわかった。そこで壁を取り払い、伸びやかなワンルームへと再構成する。真壁で仕上げられた既存の壁面も、比較的よい状態で残っていた。新たな壁を増し張りするのではなく、今ある表情を残しながら、塗装によって整えていく。
そして、この計画には、もう一つ大きな条件がある。
時間。
ご夫婦は、五月末までに現在の住まいを退去しなければならない。それまでに、新しい生活を始められる状態まで工事を進める必要がある。建築の仕事では、予算や敷地条件が課題になることは珍しくない。けれど、ときとして最も厳しい制約になるのは、時間なのかもしれない。
思い出の詰まった長屋を未来へ引き継ぎ、新しい暮らしを受け入れる器へと生まれ変わらせること。そして、その変化を限られた期間のなかで実現すること。今回のプロジェクトは、その二つを同時に求められる仕事となる。
