Recette

News

ジャーナル

暮らしをほどく|つくる

誰かの仕事をこのひと皿に

料理人・檜尾信吾さんと、ご飯をつくる話

 

 

料理人、檜尾信吾さん。2024年「World Paella Day Cup」で世界第3位、2025年「スエカ国際パエリアコンクール日本大会」で優勝。高槻市のスペインバル「NEUTRAL」を卒業し、現在は独立に向けて、中華料理店でふたたび修行に励む日々を送っている。

音楽に打ち込んだ少年時代から、スペイン料理との出会い、そしてこれからの店づくりへ。クララの濱野が、その歩みとものづくりの根っこにある思いを聞いた。話を重ねるうちに見えてきたのは、一皿の料理を支える、人と人とのつながりだった。

ー音楽から料理へ。変わらなかった、つくる楽しさ

濱野: そもそも、何かをつくる仕事をしようと思ったのは、どうしてだったんですか。

檜尾: もともとは音楽なんです。兄が持っていたギターがかっこよくて、15歳で始めました。そのときからプロのミュージシャンになると決めて、30歳まで音楽を続けていました。人の曲を練習するより、自分で曲をつくりたかった。今思うと、その頃から何かを生み出したい、表現したいという気持ちがあったんでしょうね。

濱野: ギターを始めて、すぐ作曲までしようと思うのは面白いですね。その創作意欲が、料理につながっていった。

檜尾: バンド活動をしながら、バーなどで働いていたんです。30歳でこれからの道を考えたとき、飲食なら、好きな仕事をしながら音楽も続けられると思いました。でも、一番大きかったのはスペイン料理との出会いです。大阪・福島のスペインバルで食べて、こんなにおいしい料理だったんや、と衝撃を受けて。そこで働き始めたら、仕事そのものが面白かった。

農家さんから届く箱を開けて、入っている野菜を見て何をつくるか考える。漁港から届いた魚をみんなで見て、知らないものは調べる。最初は大変でしたけど、だんだん、その時間が楽しくなっていきました。料理人になろうと目指してきたわけではなく、つくることの面白さに引き込まれたんです。

濱野: 決まったものをつくるのではなく、今日届いた素材から考える。少しジャズみたいですね。目の前にあるものを受け取って、そこから組み立てていく。

檜尾: 音楽以外にも、こんなに楽しいことがあるんやと思いました。ただ、学校で料理を学んだわけではなく、包丁の持ち方や魚のさばき方から教わったので、土台が足りないとも感じています。今、修行し直しているのも、そのためです。自分の店を始める前に、それに気づけてよかったと思っています。 

 

 

ー生産者から受け取ったバトンを、一皿に

濱野: そのなかで、パエリアに力を注ぐようになったんですね。

檜尾: コロナの頃に、この仕事を続けるなら、自分にはこれがあると言えるものが必要だと考えたんです。スペイン料理で一番好きなのがパエリアだったので、そこに絞りました。調べると世界大会もある。目標があれば、自分を信じて進めると思いました。

ただ、僕がやりたいのは、自分の料理を作品として見せることより、生産者から授かったものを、お客さんに届けることなんです。身近に農家の人たちがいて、食材を育てる大変さを感じてきました。その仕事を、最後に料理する自分が無責任に扱ったら、無駄にしてしまう気がする。それが嫌なんです。

濱野: 生産者が一生懸命つくったものを、おいしく食べてもらう。バトンを渡すような役割ですね。

檜尾: 「この野菜、おいしいね」と言ってもらえるのが、すごくうれしいんです。この野菜なら、こうしたらおいしく食べてもらえる。そのための技術を持っていないと、役割を果たせない。だから勉強は一生必要だと思っています。

NEUTRALでも、地元の農家さんや八百屋さんとのつながりを大事にしていました。食べられるけれど、スーパーには出せないトマトがあると聞いたら、全部ください、と。無駄にしないと約束して買わせてもらう。そうしたやりとりから、信頼関係が育っていくんです。

濱野: まず、こちらから小さなことを差し出してみる。近所づきあいにも通じますね。建築の仕事でも、お互いの顔や考え方がわかって、知り合いのような関係になると、本音で話しやすくなる。頼む側とつくる側という立場だけでは見えないものが、見えてくる気がします。

檜尾: 信頼があると、何かよくなかったときにも、ちゃんと伝えられます。それは嫌味ではなく、お互いに仕事をよくするための話になる。自分の店も、そういう顔のわかる人たちが集まった場所にしたいんです。食材だけでなく、器や空間にも、誰がつくったのかが感じられる。濱野さんに店づくりで協力してもらいたいと思うのも、そういう理由です。

 

薪で焼き上げたパエージャ・バレンシアーナ

 

ー根っこにあるのは、母のお弁当

濱野: 家でも料理をするんですか。仕事でつくるときとは、感覚が違う?

檜尾: 一人暮らしのときは、ほとんどつくりませんでした。でも今は、妻のためにつくるのが好きです。何を食べたいか聞いて、魚を買いに行ったり、季節の野菜でスープやパスタをつくったり。お店と家では環境も熱量も違いますけど、食べて喜んでほしいという気持ちは一緒です。

大会でも、審査のためだけに料理をつくるのではなく、審査員に「これを食べてよかった」と思ってもらいたい。審査する人も人間なので、感動は点数を超えてあるはずだと思うんです。

濱野: 試験なら点数で線が引かれるけれど、仕事では、それだけでは測れないものがありますね。建築でも、できた場所で気分よく過ごしてもらえることが大事です。

檜尾: その根っこには、母のお弁当があると思います。経済的に余裕のある家ではなく、冷凍食品が入っていることもありました。でも、いつもおいしそうやなと思って食べていたし、実際においしかった。冷めていても、こんなにおいしいものがあるんやと思っていました。

今振り返ると、朝から魚を焼いて、少しでもおいしく食べられるように、毎日つくってくれていた。その気持ちが伝わっていたんでしょうね。味だけでなく、見た瞬間に、おいしいと感じることもある。母はお弁当で、僕の心を幸せにしてくれていたんだと思います。

濱野: つくったものを通して、気持ちが届いていた。料理も音楽も、ものづくりは、その気持ちを伝える一つの表現なのかもしれませんね。

檜尾: 誰かにありがとうと言ってもらえたり、温かい気持ちを届けられたりすると、自分も役に立てたんやと思えるんです。一日に食べる回数は限られているから、自分のつくったもので、その一回を損させたくない。それはいつも思っています。

ー食事の時間には、その人の物語がある

檜尾: 外食の価値は、金額だけでは決まらないと思います。500円でも高いと感じることがあれば、2万円でも安いと感じることがある。払う価値があったかどうかなんです。

お客さんが予約をして、おしゃれをして来てくださると、今日は特別な日なのかなと思います。誰かと待ち合わせて、わざわざこの店を選んでくれた。その気持ちを踏みにじったらあかん。食べに来るまでにも、その人のストーリーがあるので、そこまで含めて大事にしたいです。

濱野: その人たちの物語のなかに、お店が登場しているんですね。料理だけでなく、その前後の時間も含めて、一回の食事になっている。

 

愛用の包丁

 

ー技術を支える、文化と道具への敬意

濱野: 技術の面では、どんなことを大切にしていますか。

檜尾: 日本人の僕がスペイン料理を仕事にするなら、スペインの文化を知らないといけないと思っています。人の文化を借りて生業にするのだから、いい加減には扱いたくない。現地の人のやり方を見て、自分の思い込みを壊すことも必要です。

パエリアも、日本人の「米をふっくら炊く」という感覚だけではうまくいかない。僕には、現地の人は炊くことと焼くことの間のような感覚でつくっているように見えます。スープがなくなった後、どう火を入れていくか。そういう違いを、現地で学び、追求してきました。

もう一つは道具です。僕は左利きで、包丁探しに苦労したのですが、堺の包丁屋さんと出会って、今使っている包丁はすべてそこで買っています。自分の技術を磨くには、その人たちの力が必要なんです。道具を大切に使うことも、技術につながっていると思います。

濱野: 自分一人が主人公というより、周りで支えてくれる人の仕事が、最後に料理として結集する。そういう捉え方なんですね。

檜尾: 包丁屋さんで職人さんが仕事をしている姿を見ると、ちゃんとせなあかんと思います。雨の日も風の日も、おいしい野菜をつくろうとしている農家さんも同じです。まず、その仕事を見ること。僕にとっては、それが一番大事なのかもしれません。

 

ーあとがき

料理の話を聞いていたはずなのに、振り返ると、ほとんどが人とのつながりの話だった。食材を育てる人、道具をつくる人、そして食べてくれる人。檜尾さんの料理は、その人たちへの思いに支えられている。

誰かが手をかけた素材を受け継ぎ、自分の手で整え、次の人へ渡す。その人が、おいしい、うれしい、心地よいと感じられるようにする。そこに、手仕事の本質があるのだと思う。建築でも同じことが言えるし、ほかの仕事にも通じるだろう。

調理という行為そのものに、生産者へのリスペクトと、食べてくれる人への愛が重なるとき、この上ない料理になるのだと思った。

« 一覧に戻る